【自分の人生を自分の意思で生きる】親や社会に縛られた男女の15年の愛の物語「汝、星のごとく」

小説

はい、こんにちは。キザメです。

今回は、

凪良ゆうさんの「汝、星のごとく

を紹介していきます。

凪良ゆうさんは

映画化された「流浪の月」でお名前は知っていましたが、

実際に作品を読むのは初めてでしたし、

何より、

本屋大賞にノミネートされてもいるので

楽しみにしながら手に取りました。

 

それでは始めていきましょう。

あらすじ

ーーわたしは愛する男のために人生を誤りたい。

 

風光明媚な瀬戸内の島に育った高校生の暁海(あきみ)と、

自由奔放な母の恋愛に振り回され島に転校してきた櫂(かい)。

ともに心に孤独と欠落を抱えた二人は、惹かれ合い、すれ違い、そして成長していく。

生きることの自由さと不自由さを描き続けてきた著者が紡ぐ、ひとつではない愛の物語。

 

ーーまともな人間なんてものは幻想だ。

俺たちは自らを生きるしかない。

Amazon商品紹介ページより引用
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見どころ

瀬戸内の島を舞台に繰り広げられる物語です。

 

この作品は、プロローグから始まるのですが、

冒頭の1文が

「月に一度、私の夫は恋人に会いにいく。」

から始まりまり、

いきなりの不穏な言葉に面食らってしまいました。

しかも、妻や子供はそれをごく自然な事のように

受け入れていて違和感が強まりました。

どうやら島民の話だと

妻自身も何かしでかしたことが伺えます。

一体何があってこんな歪な夫婦となったのか…?

そんな疑問の尽きないプロローグで物語は始まっていきます。

加えて、第一章を読み始めた時に感じることになると思いますが、

どうやらこのプロローグの夫にあたる人は主人公の男の子とは別の人のようなのです。

気になる導入ですね。

話を進めていきましょう。

 

 

主人公は二人の高校生。

一人は、

島出身で高校卒業を機に島外の大学へ進学し

島から出たいと思っている『井上暁海』。

暁海の父親は3年前から浮気をし、

今ではそちらの方で過ごすことが多くなっていて、

母親は段々と情緒が不安定になっていきている、

そんな家族を抱える高校生。

 

もう一人は

京都から引っ越してきた『青埜櫂』。

櫂は母子家庭で母親が男なしでは生きられない性質で、

今回の引っ越しも京都で出会った男を追ってきてのものだった。

男と出会うとそのことしか考えられなくなり、

子供の頃の櫂を放って半月あまり帰ってこないこともあった、

そんな家族を抱える高校生。

 

このように家族に不和のある二人を中心とした物語。

 

暁海が、

母親の頼みで父親を浮気相手から連れ戻してくるよう言われ、

嫌々向かうところで櫂と会い、

一緒についてきてもらうというところから、

二人の仲が深まっていきます。

 

櫂は、

漫画の原作作家として、

作画担当の人とコンビで連載を勝ち取るべく頑張っていて、

卒業後は東京に出るつもりでいた。

それを知った暁海は、

自身も東京の大学へ行き、

櫂についていくことを未来に描き、過ごしていた。

 

しかし、暁海の両親に関するある出来事が起こってしまい…。

 

 

この作品は、

問題のある親に縛られ、

切り捨てることもできず、

ズブズブと一緒に沈んでいってしまいそうな状況にある子供たち

としての目線や、

娯楽のない島民の噂話のネタにされたり、

ネット社会で叩かれたりして社会的に潰されていく

としての目線で描かれていて、

読んでいてしんどさがありますし、

暁海と櫂に関しても、

互いの置かれた状況の乖離がそのまま気持ちの距離となり、

すれ違いを生んでいて、

作中で『遠距離恋愛で喧嘩は致命的だ』

という言葉が書かれているように

遠距離恋愛で気持ちを保ち続ける難しさや、

喧嘩したら終わってしまうという思いから、

本心で話すこともできない辛さも描かれていて、

出口のない迷路に迷いこんだような気持になりました。

 

 

 

この作品では、

自分の人生を自分の意思で生きるということが

ひとつ大切な考えとして出てきます。

 

自分の人生を自分の意思で生きる…

言葉にすれば簡単で当たり前のことのように思えても、

実際人は多くのものに縛られ

責任という重荷を背負って生きています

自分を生きると決め、何かを切り捨てる…

それができなかった2人。

 

ことあるごとに、

自分の人生を自分で選んできた瞳子さん(父親の浮気相手)と

北原先生(二人の学校の先生)の言葉が、

2人の頭をよぎるシーンが多く出てきます。

きっと、そう生きたかったという2人の願望

もあってのことだったんだろうと思います。

 

自分を生きること

そして、何かを切り捨てる覚悟を持つこと

そのことが自分の未来を切り開き

周囲に揺るがされない確固たる意思に繋がるのだ

ということを学べた作品でした。

 

先にも上げた通り、この作品では、

暁海の父親の浮気相手である瞳子さんが、

自分の人生を生きているという意味で、

この作品の象徴的な存在になっています。

井上家から父親を奪った行為そのものは

決して褒められるものではないものの、

結局のところ、

他者に依存した人生では搾取され続ける生き方になってしまう

というのを自身の生き方で示してくれているのかなって感じですね。

暁海も瞳子さんのことを

世間から後ろ指を差されても、自分というものを手放さない。わがままであることと、優しいことと、強いことを並び立たせている。そういうところにわたしは憧れ、でも少しも近づけない』と評しています。

そのため要所要所で瞳子さんの言葉が

二人の頭によぎるシーンがチラホラと出てきます。

 

刺さった言葉をいくつか紹介します。

  • 誰かに遠慮して大事なことを諦めたら、あとで後悔するかもしれないわよ。そのとき、その誰かのせいにしてしまうかもしれない。でも私の経験からすると、誰のせいにしても納得できないし救われないの。誰もあなたの人生の責任を取ってくれない。
  • もちろんお金で買えないものはある。でも、お金があるから自由でいられることもある。たとえば誰かに依存しなくていい。いやいや誰かに従わなくていい。それはすごく大事なことだと思う。
  • いざって時は誰に罵られようが切り捨てる、もしくは誰に恨まれようが手に入れる。そういう覚悟がないと、人生はどんどん複雑になっていくわよ。
  • きみのそれは優しさじゃない。弱さよ。

こういう言葉たちに支えられ、

最後、大きな回り道を経はしましたが、

自分を生きることのできた2人は、

きっと幸せだったんだろうと思います。

結局一番の頑張れる理由はここはわたしが選んだ場所という単純な事実なのだと思う。

作中の暁海のこの言葉が全てなんでしょう。

これまでの人生を経て、

この生き方を決断し至ったラストには涙が止まりませんでした。

 

そして描かれるエピローグは、

プロローグと同じ場面を描いているのですが、

2人の男女とその周りを取り巻く人たちの15年の生き様を辿ったあとでは、

大きく印象が変わりましたし、

この記事の最初に「歪な夫婦」と書いていますが、

その認識も改めないといけないなと思っています。

そして、どこまでいっても人の噂話というのは、

実情にそぐわず中身のない無責任なものなんだなというのを

思い知らされました。

 

悲しく辛い物語ではありますが、

きっと誰かの背中を押してくれる作品だなと思いますし、

価値観を揺さぶってくれる作品でもあると思うので、

ぜひ読んでみてほしいです。

終わりに

ここまで、

凪良ゆうさんの「汝、星のごとく

を紹介してきましたが、

いかがでしたでしょうか?

 

こういう親にまつわるあれこれに触れると、

つくづく自分の親への感謝があふれてきますね。

好きな事をやらせてもらえ、

家に残る必要はないと背中を押してもらえました。

 

この幸せなことが当たり前ではないんだな

ということを改めて感じています。

自分も家庭を持つ身として

そういう幸せを享受できる、してもらえる家庭にしていきたいですね。

 

当ブログでは、この作品の他にも

本屋大賞ノミネート作品を紹介しています。

【あなたはわたしのことを、どれだけ知ってる?】他人と生きる苦しさと救いを感じられる作品『川のほとりに立つ者は』
今回は、寺地はるなさんの「川のほとりに立つ者は」を紹介していきます。他人と生きる上で生じるすれ違いとその根底にある相手を大切にしたいという想いが交錯した物語だと思いました。恋人や家族、職場の人などとの関係に悩む人は読んでみて欲しい作品です。

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