はい、こんにちは。キザメです。
今回は、
彩藤アザミさんの「読むと死ぬ本」
を紹介していきます。
それでは始めていきましょう。
あらすじ

ベストセラー作家を夢見ながらも売れない小説を書き続ける私。ロシアで「読むと死ぬ本」と呼ばれる本を書き、謎の生涯を送ったセージャ・ダビニフスのドキュメントを書き上げ、担当編集の氷上さんに手渡すと、「実は見つかったんですよ、本物が。彩藤さん、読みたくありませんか……?」と告げられた。本当に読むと死ぬというのだろうか。その呪いは本物なのだろうか。私は興味をひかれつつもその日は答えを出さずに帰宅した。そして、その日、あの人に死が訪れた--。現代によみがえった本が、私の生活を侵食していく。いやだ、死にたくない。だれか助けてください。
ひらけば最後、死が訪れる――。
見どころ
いや〜引き込まれるように読んでしまいました。
たしかにゾワッと寒気を感じたこともありましたが、
怖いというよりは、
「あ〜こうして呪いは後世に残っていくんだな」
って妙に納得してしまう作品でした。
作者もしかり、こうして紹介してしまっている私もまた、
その一助を担っているんだなって。
物語としては、
売れない作家の私のもとに、
担当編集から「ダビニフス」という
知る人ぞ知る作家について書いてみないかとの依頼を受け、
「セージャ・ダビニフス ――『水』に呼ばれた、数奇な作家――」
という評論を書いたところから始まる。
それを読んでもらっている最中、
担当編集が、
ダビニフスの「読むと死ぬ本」が神保町で見つかったとの話を聞く…。
しかし、見つけたという作家は、
それ以降言動がおかしくなり音信不通となる。
そして、担当編集もまた…。
その後、なぜか主人公のところに
「読むと死ぬ本」の翻訳版と思われる冊子が送られてきて、
目を通してからというもの、
主人公の身の回りで不可解なことが起き始める…。
こんな感じで展開されていく作品です。
途中挟まれる「セージャ・ダビニフス ――『水』に呼ばれた、数奇な作家――」が
あることで、
現実なのか虚構なのかの境界が曖昧になっていく感覚がありました。
それにしても、ダビニフス(=荼毘に付す→死者を火葬すること)なのに、
「水に呼ばれた」となっている点の、火と水の対比というのも
なんだか気になりました。
意味があるのかは、私にはわかりません。
主人公が死への恐怖に苛まれ、
死へ抗い奔走する中で、
段々と死を受け入れて行動に移していく。
そんな、主人公の変化を追っていく形になるのですが、
看護師をしている自分としては、
主人公が「死」を意識してからの心理面の変化が、
見事なまでにキューブラー・ロスの『死の受容過程』を
辿っていることには
「おお〜」と感嘆の声が漏れてしまいました。
人間は元々いつ死ぬかわからない。
それを、「読むと死ぬ本」を読んだ途端に死んだからといって、急に喚くなど、愚かではないか。
読まなければ死ななかったとでも思っているのか?
そんなものは、残された人間の思い違いに過ぎない。
人は死ぬ。
「私も死ぬ。」
避けられない理。
主人公が『死の受容過程』の「受容」に至った際の思考です。
ここまで至れたら気持ちはだいぶ軽くなるんでしょうが、
それによって起こした主人公の行動がまた…。
まあ、こんな他人事のように紹介してきましたが、
読んでしまった以上
私もきっと死んでしまうのでしょう。
このブログの記事更新が止まり、
「新潟県 37歳 看護師」
の死亡ニュースが流れたら・・・
それは私かもしれません。
最後にこれだけは伝えておきます。
この作品を読む覚悟を持った人は、
是非とも「解説」まで読んでくださいね。
ダビニフスの意志は、確実に現代にまで残ってますので…。
終わりに
ここまで
彩藤アザミさんの「読むと死ぬ本」
を紹介してきましたが、
いかがでしたでしょうか?
見どころでも触れましたが、
評論がはさまることで、現実と虚構の境目がわからなくなる作品だなと思いました。
それ故に、読んでしまった自分にも
何か起きるのではないかという妄想が頭をよぎってしまいます。
最近主流のホラー作品の特徴のような気がします。
当ブログでは、これからも
漫画や小説などの紹介記事を投稿していきますので、
楽しみに待っていていただければ幸いです。
2025年10月から「#50週チャレンジ」を継続中!
現在22週目!
「#50週チャレンジ」って何?という方は、
この記事をご覧になってみてください。

また、このブログの他に
Xでも、
新刊の購入・読了ツイートやブログの更新ツイート
をあげたりしているので、
よかったらフォローしてください(*´∇`*)
Tweets by kizame2727今回はここまで!
ありがとうございました。

コメント